「研究者としての顔」

 

 

 私は研究者として専門は何かと問われる度に、困ってしまう。大学院では、日本の近現代文学を専攻したのだが、最初の著書であるThe American Occupation of Japan and Okinawa: Literature and Memory を1999年に出して――後に『占領の記憶/記憶の占領』という書名で邦訳が刊行された(鈴木直子訳、青土社、2006)――は、両国で主に「歴史書」として扱われ、私が歴史の専門家だと思っている人も少なくなかったようである。その後、しばらく沖縄の戦後文学および評論に専念していたので、沖縄文学の専門家だと見られるようになった。しかし、2005年に最初の日本語著書『戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ』を発表したら、今度は「ジャズ研究者」に突然化けてしまったように認識されたきらいがある。そのような背景があるから、新著『呑めば、都――居酒屋の東京』を読んだ方たちは、著者がいったい何者なのかいっそう戸惑ってしまうだろう。

 確かに、これまでに幅広い研究に取り組んできたし、著書ごとに構想や文体なども意図的に変えてきた。その意味ではジャズの影響が大きいと言える。まさにジャズ・ミュージシャンが同じ曲を同じように二度弾いてはいけないという戒めを肝に銘じているのと同様に、私は研究や執筆においても「ワン・パターン」だと思われるような姿勢を極力避けようとしてきたわけである。失敗してもよいと思っているから、せめて慣れ親しんだ安全地帯に引きこもらずに、定期的に真新しい研究課題と題材を選び、また通常の論文調の文体よりおもしろく読める表現と構想を模索してきた。

 その意味では、私にとって研究のモデルはほかの学者ではなく、マイルス・デイビスやディジー・ガレスピーなどのジャズ・ミュージシャンたちである。とりわけマイルスから学んだのは、自分が作り上げたスタイルや確立した分野はどんなに評価されても、そこに停滞せず、違う領域を目指し続けることである。同じトランペット奏者でありながら、スタイルが対照的なディジーから学んだのは、遊び心を忘れないことである。ディジー・ガレスピーはきわめて高度なテクニックのトランペット奏者であり、モダンジャズの先駆者のひとりでもあるから根がまじめであることは言うまでもないが、同時にエンターテインメント性を蔑視しない姿勢に感銘を受ける。私は彼の「硬軟交じり」の奇抜な感覚をなるべく執筆において生かしたいと思っている。ほかの研究者にとっても、一般読者にとってもおもしろく読めるような、ユーモアと遊び心に満ちた文体を目指しており、その意味で私は相当の欲張りだと言わなければならない。

 さて、「ご専門は?」の質問に戻ろう。最近、「日本の戦後文化史」と答えるようにしている。「文化史」とはなかなか曖昧な分野であり、その曖昧さは私にとって好都合に感じられるわけである。今まで取り上げてきた題材――たとえば、文学や映画や音楽――も含まれるし、最新の研究テーマである「都市空間としての飲食店」(ジャズ喫茶や赤提灯)も、さほど無理なく含めることができるだろう。文化史のなかで、これまでに〈戦後〉に焦点を当ててきたし、今後も戦後初期から現在に至るまでの時期を中心に研究することになろう。

 また、研究の方法論においても、私は常に〈テクスト〉と〈現場〉を両方重視してきたことを付言すべきだろう。その点、通常の文学や映画研究者とは明らかに異なっており、同時にフィールドワークに圧倒的に重点をおく人類学者などとも違う。私は〈テクスト〉を精読することを大切に思っているが、同時にほかの研究者たちが目もくれなかった、いわば「マイナー」や「ローカル」、または「低劣」とされてきたようなテクストを掘り起こし、それから何が読み取れるかを考察する作業もしてきた。

 たとえば、『占領の記憶/記憶の占領』では、大江健三郎や小島信夫や松本清張など有名な作家のほかに、無名のアマチュアやローカル作家の小説も取り上げ、「米兵に強姦された女性たちによる赤裸々な手記」と称する怪しげな昭和28年のベストセラー『日本の貞操』などを詳しく取り上げた。『戦後日本のジャズ文化』では、それまでに戦後文化の研究者たちにほとんど相手にされなかった石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』や五木寛之の初期作品群を、『ジャズ喫茶論』では地方のジャズ喫茶を含め、その空間を「精読」したと言えるが、古いジャズ雑誌の広告なども考察すべき〈テクスト〉として細かく分析し、ジャズ喫茶の歴史的変容を捉えなおした。そして新著『呑めば、都――居酒屋の東京』では、東京の「辺境」と見なされがちな町――たとえば、十条や立石や大森など――に関する歴史を区立図書館や地元の歴史資料館などで調べ、現地でインタビューや調査を重ね、各地の居酒屋文化と関連付けながら新たに位置づけようとしたのである。

 要約すると、私の研究の方法論は、標準的なテクストと並び、見逃されてきたテクストを掘り起こして精読し、そして頭でっかちの抽象論にならないように、必ず現地に足を運び、なるべく多くの方々の話を積極的に聞き取る総合作業が根底にあると言える。

 今後の研究として、どこに足が向くのか、自分でもよく分らないが、とりあえず近い将来において、二つの企画を予定している。ひとつは、『呑めば、都』での考察をさらに整理し、一冊の「赤提灯論」にまとめることである。それは新書版になるか、単行本になるかは、書き出さないとわからない(ジャズ・ミュージシャンがソロを弾き出さないと、どのくらい続くのか分らないと同じように)。もうひとつは、数年かかると予想される。そのテーマは、アメリカを中心に欧米社会においてアジア武術(カンフー、空手、柔術、忍術など)がどのように受容され、映画やテレビやコンピューター・ゲームなどによって表象され、そして実際の道場で、その「異文化」がどのように「地元の文化」へと変容してきたのかを調査、分析、考察することである。これも、研究課題としてはずいぶん大きな方向変換に思われかねないが、私としては『戦後日本のジャズ文化』と同じ構想のもとに別の題材を扱おうと考えたのにすぎず、文化発信と受容の立場が入れ替わっているだけのことである。すなわち、前作では、アメリカからの代表的な音楽が東アジアの一国でどのように受容され、表象されてきたかに焦点を当て、次作では東アジアの代表的な文化に対するアメリカなどでの受容と表象に重点が置かれるということである。その研究にはおそらく三、四年を要すると思うが、その後は白紙である。とは言え、私にとって未開の地にまた足を踏み入れるであろうし、それこそがまた楽しみでもある。